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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)12463号 判決

原告 久保敏夫

〈ほか二名〉

右原告等三名訴訟代理人弁護士 斎藤富雄

被告 有限会社中谷不動商事

右代表者代表取締役 中谷渉

右訴訟代理人弁護士 池田由太郎

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は別紙目録(イ)記載の建物につき東京法務局世田谷出張所昭和三八年八月二日受付第一九、八六八号を以てなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

「(一)、訴外下河辺和太に対し、原告清水は昭和三六年一二月二〇日金三〇万円を弁済期の定めなく、原告久保は昭和三七年一月一八日金四〇万円を弁済期同年四月三〇日の約定で、原告岸上は同年一月二五日金二〇万円を弁済期の定めなく、それぞれ貸与した。

(二)、しかるところ、右訴外人は昭和三七年三月一二日同人の殆んど唯一の財産であった別紙目録(イ)、(ロ)記載の各建物を不当の廉価で被告に売渡し、昭和三八年八月二日(イ)の建物につき東京法務局世田谷出張所受付第一九、八六八号を以て、(ロ)の建物につき同出張所受付第一九、八六七号を以てそれぞれ被告のため所有権移転登記を経由した。

(三)、その結果原告等は右訴外人から債権の弁済を受けることができなくなったが、債務者がその唯一の財産である不動産を消費し易い金銭に替えること、しかも不当の廉価を以て換価することは、明らかに一般債権者の担保力を害するものということができるから、同訴外人と被告間の右不動産の売買はまさに詐害行為に該当するものというべきである。

(四)、ところで、被告も、当時右売買が訴外人の一般債権者を害する結果を招来することを知りながら、敢えてその挙に出たものであるから、悪意の受益者に該当する。

(五)、よって原告等は、債権者取消権に基き、原告等の債権総額金九〇万円の保全に必要な範囲において、前記不動産売買中(イ)建物の売買行為を取消し、その原状回復のため被告に対し、(イ)建物の所有権移転登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ。」

と陳述し、被告主張の抗弁事実を否認し(た)。

立証≪省略≫

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として

「(一)、原告主張の請求原因事実中、被告が原告主張の日に訴外下河辺和太から本件(イ)、(ロ)の各建物を買受け、原告主張のとおりの所有権移転登記を経由したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

(二)、仮りに原告等が右訴外人に対して原告等主張のような債権を有するとしても、それは、被告より右訴外人に対する本件(イ)建物の明渡執行を妨害するため、同訴外人と原告等とが通謀して作出した仮装の債権であるから無効である。

(三)、被告は右訴外人に対し、昭和三六年一〇月四日現在で合計金八六万円の貸金債権を有し、これよりさき(ロ)建物につき昭和三五年七月六日付債権額金四〇万円なる抵当権設定登記、(イ)建物につき同年一〇月一三日付債権元本極度額金四〇万円なる根抵当権設定登記を受けていたところ、昭和三七年三月一二日被告と右訴外人との間に即決和解が成立し、訴外人より被告に対し(イ)、(ロ)の各建物を代金三二〇万円で売渡すことになり、右貸金八六万円を代金の内金に充当し、残金二三四万円は同年三月末日限り所有権移転登記手続と同時に支払うこと、訴外人は買戻をすることができ、昭和三八年二月末日までに買戻すときは買戻代金として金三二〇万円、また昭和三九年二月末日までに買戻すときは金四〇〇万円を支払うこと等が定められ、被告は訴外人に対し昭和三八年六月一三日右残代金二三四万円を支払ったものである。右のような次第で、当時被告は原告等の存在を知らず、かつ訴外人の一般債権者詐害の認識等は毛頭なくして、右(イ)、(ロ)の各建物を訴外人から買受けたものであり、右買受価額も当時の時価相当のものであったから、なんら詐害行為として取消されるべき筋合いにない。」と述べ(た)。

立証≪省略≫

理由

(一)、≪証拠省略≫を綜合すれば、原告等が訴外下河辺和太に対し原告等主張のとおりの貸金債権を有することを認めるに十分であり、右各債権が仮装債権であるとの被告主張事実を肯認するに足る証拠は全くない。

(二)、ところで右訴外人が昭和三七年三月一二日本件(イ)、(ロ)の各建物を被告に売渡し、昭和三八年八月二日それぞれ原告等主張のとおりの所有権移転登記を経由したことは当事者間に争なく、≪証拠省略≫を参酌すれば、本件、(イ)、(ロ)の各建物は当時右訴外人の殆んど唯一の財産であったことを認めるに妨げないが、≪証拠省略≫によれば、「訴外下河辺和太が本件(イ)、(ロ)の各建物を被告に売渡したのは、同訴外人が当時代表取締役として主宰していた自己の個人会社たる株式会社東亜シー・エムプロダクションの運転資金並びに債権者等に対する弁済資金獲得のためであり、売却代金は結局右運転資金に喰われて、債権者等への弁済資金に廻すことはできなかったとはいえ、同訴外人は本件売買当時にあっては、あくまでも右プロダクションの再建に努力し、やがてはその再建によって債権者等への弁済も容易にすることができると考えていた。」ことを認めることができ、右認定の事実によれば債務者たる右訴外人に一般債権者詐害の意思があったものと断ずることはできないから、爾余の争点につき判断するまでもなく、原告等主張の詐害行為の成立はこれを肯認し得ない。

這般の事情は次に認定の事実によってもこれを裏づけ得る。すなわち、≪証拠省略≫を綜合すれば「本件売買は昭和三七年三月一二日右訴外人と被告との間に成立した即決和解によってなされたものであるが、同訴外人は後日買戻が可能であるとの予測のもとに、被告にはかって、右和解買戻条項を挿入し、買戻代金額及び買戻期限を定めた。」ことを認めることができ、右買戻条項の挿入は当時訴外人に前記プロダクション再建の意欲のあったことを前提としてはじめて首肯されるところだからである。

なお債務者が唯一の資産たる不動産を売却した場合、消費し易い金銭に替ったこと自体直ちに一般債権者の担保力を害するものと解すべきではなく、それが冗費されまたは隠匿され易い可能性を包蔵するところに、はじめて詐害性が認められるのであるから、本件のように事業再建のための費用に充てる場合には詐害行為にはならない。

(三)、以上説示の次第で、原告等の本訴請求は理由のないことが明らかであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏)

〈以下省略〉

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